江戸末期の1885年(安政2年)に出版された広重の「五十三次名所図会 日本橋」(国立国会図書館ウェブサイトから転載)には、人々が行き交う日本橋と舟運で賑わう日本橋川、手前には魚河岸の商いなど、江戸の商業の中心地の賑やかさが描かれています。自動車も鉄道もない時代の都市は、今よりもずっと「静か」で、売り子の掛け声や人々が木橋をわたる音、川からは船頭の掛け声や櫓を漕ぐ音など、生身の人間のアクティビティが作り出す「賑やか」な音の風景が、そこかしこで聴こえ、それらが「音の界隈」とも言うべき地域の「らしさ」をかたちづくっていたはずです。明治以降の近代化の中で、急速に失われたこれらの音の風景=サウンドスケープが存在していた状況は、もしかすると現代の都市の風景(人々の都市景観との文化的関係性のとり結び方)よりもずっと豊かなものであったと言えるかもしれません。
都市におけるサウンドスケープデザインの実践には、都市環境を聴覚文化的に捉える研究的・教育的フェーズ、芸術的・祝祭的表現を行うフェーズと環境に影響する音の規制や創造、標識音(視覚的に都市を特徴付けるランドマークに対し聴覚的に特徴付けるものでサウンドマークとよばれる)の保存誘導、音環境の創造といった社会的側面から都市環境デザインを行うフェーズが相互に関連しながらあります。
マリー・シェーファーによるサウンドスケープ概念の提唱は1960年代末のことですが、それ以前のデザイン事例においても、サウンドスケープデザインの考え方と通底する実践は歴史の中に数多く見受けられる為、60年代末以降に拘らずに、時代横断的に観察することは、意識的なサウンドスケープデザインの実践に役立つものと思われます。日常の都市環境をデザインするフェーズは、まだまだこれからの分野ですが、鷲野宏デザイン事務所は、豊富なネットワークと最先端の知見をもとに、あらゆるフェーズで社会のお役に立ちたいと考えています。